70歳以上の従業員を新しく雇った場合や、従業員が70歳に達した場合、「70歳以上被用者」の届け出が原則として必要となります。
あまり頻繁には発生しない手続きなので、「どういう場合に何をすればいいのかわからない」という事務担当者も多いのではないでしょうか?
そこで、この記事では、70歳以上被用者の条件をわかりやすく説明するとともに、手続き方法も「新しく雇用した場合」「従業員が70歳に達したとき」でケース別にまとめています。
「社長や役員の場合」や「年齢の上限」などのよくある疑問にもお答えしていますので、是非お役に立てて下さいね。
70歳以上被用者とは?
70歳以上被用者とは、文字通り”70歳を過ぎても使用されて働く人”のことです。
以下の条件にすべて当てはまる人が、70歳以上被用者に該当します。
- 70歳以上の人
- 過去に厚生年金の被保険者期間がある人
- 70歳以上であることを除き、厚生年金の当然被保険者に該当すること(当然被保険者から除外される条件は厚生年金保険法第12条を参照)
ただし、勤務時間の短縮等により厚生年金の当然被保険者要件に該当しなくなった人や、70歳以上で老齢年金の受給権がない人が任意で厚生年金に加入する「高齢任意加入被保険者」は、70歳以上被用者には該当しないので注意しましょう。
制度が創設された背景⇒在職老齢年金の適用年齢拡大により創られた新しい身分
“70歳以上被用者”と”在職老齢年金”は非常に深い関係があります。
在職老齢年金とは、60歳以降も働いて一定以上の収入のある人に対して、老齢厚生年金を一部または全額支給停止する制度です。(参考:恐怖の在職老齢年金とは?働きながらだと年金が支給停止になる!?【記事未了】)
この在職老齢年金制度、かつては60歳以上70歳未満の厚生年金被保険者にのみ適用されていました。
しかし、2007年(平成19年)4月1日より、70歳に達して厚生年金被保険者の対象外となった人にも在職老齢年金が適用されるようになったのです。(参考元:さ行 在職老齢年金|日本年金機構)
そこで、”70歳未満の人と同様に在職老齢年金が適用されて働き方も変わらないけれど、厚生年金の被保険者ではない人”を区別するために「70歳以上被用者」という身分が生まれました。
さて、在職老齢年金の適用範囲が厚生年金の非加入者にまで拡大されると、一つ問題が出てきます。それは、従来の仕組みのままだと、70歳以上の人が今働いているのか、いくら収入があるのかを、日本年金機構が把握できないことです。
在職老齢年金の支給停止額は、収入によって変わります。
70歳未満の厚生年金被保険者の場合は、会社が保険料を計算するために収入(標準報酬月額や賞与の額)を日本年金機構に届け出ているので、機構はその情報を元にいくら支給停止にするかを計算できます。
しかし、70歳以上の厚生年金被保険者でない人は保険料の支払いがないので、日本年金機構は70歳以上の人の就労状況や収入を知ることが出来ません。
よって、70歳以上被用者に該当する従業員がいる場合、会社は「うちには70歳以上で働いている人がいます。収入はいくらです」と機構に届け出なければならないのです。
それでは、次からは70歳以上被用者に関する手続きについて見ていきましょう。
70歳以上被用者に関する提出書類と手続き方法のまとめ
70歳以上被用者に関する手続きは、勤め先の会社が行うことになっています。ここでは、70歳以上被用者の従業員がいる場合に会社が行う手続きをケース別に紹介していきますね。
実は、どのケースも提出する書類は一種類だけです。一種類の書類で健康保険の加入・脱退や、厚生年金の資格喪失の手続きも同時に行えるようになっています。
- 70歳以上の従業員を新しく雇用するとき
- 既存の従業員が70歳に達したとき
- 従業員が70歳以上被用者の条件から外れたとき/退職・死亡したとき
→「健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届 厚生年金保険70歳以上被用者該当届」
→「厚生年金保険 被保険者資格喪失届 厚生年金保険 70歳以上被用者該当届」(誕生日前に日本年金機構から送付されてきます⇒2019年4月より一部手続が省略可能になっています。詳細は後述。)
なお、上記の様式は、新入社員や退職者が75歳以上で健康保険の資格取得or資格喪失の届けが不要な場合でも使用することが出来ます。
また、手続方法は以下のとおりです。
手続方法はどのケースにおいても共通となっています。分かりやすいですね!
【改正事項】2019年4月1日から在職中に70歳に達した方の手続が条件付きで省略可能に!
次の(1)及び(2)の両方の要件を満たす場合、該当する者に関する「厚生年金保険 被保険者資格喪失届 厚生年金保険 70歳以上被用者該当届」の提出が不要になりました。
(2)70歳到達日時点の標準報酬月額相当額が、70歳到達日の前日における標準報酬月額と同額である被保険者
手続が不要になって楽になりましたね。しかし、両方の要件に該当しない場合は引き続き手続きが必要になるので注意しましょう。
参考:平成31年4月から被保険者の70歳到達時における資格喪失等の手続きが変更となります|日本年金機構
70歳以上被用者の手続き・実務処理に関するよくある疑問
ここからは、70歳以上被用者の手続きに関する疑問についてお答えしていこうと思います。
誤解されていることも多くありますので、ぜひ確認しておいてくださいね。
社長や役員の場合も届け出は必要?
役員は通常の従業員とは働き方や報酬が大きく異なる場合があるので、70歳以上被用者に該当するか分かりにくいこともあると思います。
結論から言うと、たとえ社長や役員であっても、70歳以上被用者該当届は必ず提出する必要があります。
なぜなら、70歳以上被用者該当届の様式は「厚生年金保険 被保険者資格喪失届」と一緒になっているので、いずれにせよこの書類を提出することになるからです。
そして届け出をした上で、被保険者が役員であることを会社の所在地を管轄する年金事務所に連絡しましょう。
特別な事情がある旨を伝えれば、年金事務所が働き方や報酬などを見て、70歳以上被用者に該当するかどうか総合的に判断してくれます。(日本年金機構に電話確認済み)
非常勤など勤務日数や勤務時間が少ないと「70歳以上被用者」から外れる?
役職持ちの人は、非常勤など通常の従業員とは勤務形態が異なることも多いですが、役員などの場合は勤務日数や勤務時間が少なくても、厚生年金の当然被保険者の条件から外れることは基本的にありません。
通常の従業員の場合は、「勤務日数または勤務時間が通常の労働者の4分の3未満の労働者は厚生年金の被保険者の適用除外となる(厚生年金法 12条5)」ので、厚生年金の被保険者から外れることになります。
しかし、社長や役員などは「労働者」には該当しません。よって、勤務日数や勤務時間にかかわらず、厚生年金の被保険者の条件に該当することになります。
「勤務時間を減らしたら70歳以上被用者から外れて在職老齢年金も適用されなくなるのでは?」と思う方も多いのですが、役職を持つ人など原則として厚生年金の被保険者に該当しますので、注意してくださいね。
ただし、疑義照会回答(厚生年金保険 適用)2015年1月29日 P7 整理番号2|日本年金機構によると、非常勤役員が経営に参画していない等の一定の条件を満たしている場合(*)、厚生年金の被保険者に該当しないことも有り得ます。
たとえば、こんなケース(仮名:高橋さん)。
・高橋さんは、A事業所では代表取締役として相応の報酬をもらい厚生年金の加入者となっている
・高橋さんは、一方でB事業所では非常勤役員として顧問的な役割を担っており報酬は月額1万円程度⇒B事業所では厚生年金に加入していない(する必要もない)
このような場合、二以上事業所勤務届を提出する必要はなく、またB事業所でも厚生年金資格取得届は出しません。(A事業所では厚生年金資格取得届は出しています。)
では、高橋さんが70歳以上になった時の取り扱いは?70歳以上被用者該当届は提出した方が良いのでしょうか?
この点、日本年金機構に電話で確認したところ、資格取得届を提出していない事業所では70歳以上被用者該当届を提出する必要はないとのことでした。
70歳以上被用者に関しても、届け出が必要かどうかは働き方が厚生年金の被保険者の要件に該当するかどうかで決まるということです。
賞与を支給した時や報酬月額定時決定の際の提出書類や手続きは?
給与の定時決定や給与額が変更になったとき、賞与を支給した時の手続きは、通常の厚生年金加入者の手続きと同様です。様式も同じものが使えますので、以下の書類を提出して下さい。
<提出書類>
70歳以上被用者該当届、算定基礎届・月額変更届・賞与支払届を提出し忘れたらどうなる?
もしも70歳以上被用者に関する手続きを忘れてしまったことに気がついたら、どのような対応をしたら良いのでしょうか?また、ペナルティなどはあるのでしょうか?
日本年金機構に電話で確認したところ、以下のような対応が必要とのことでした。
届け出を忘れた場合の手続方法
届け出を忘れていたのに気がついたら、まずは会社の所在地を管轄する年金事務所に連絡しましょう。年金事務所が状況を確認し、今後の対応を指示してくれます。
なお、対応の仕方は概ね以下のようになります。
①これまでに支給されていた年金額が、本来の額より多かった場合
届け出漏れにより、本来なら全部または一部が支給停止になるはずだった年金がこれまで支給されていた場合、次回以降の年金額は訂正され、そして過払い分を返納する必要があります。
返納の方法は、一括または分割で現金で返納するか、今後支給される年金から控除して返納するかを選ぶことが出来ます。(年金額から控除する場合は、本来の支給額の1/2の控除が基本となります)
②これまでに支給されていた年金額が、本来の額より少なかった場合
以前より収入が減ったのに、「算定基礎届」や「月額変更届」を出し忘れたことによって本来の支給額より少なく受給していた場合は、次回以降の年金額が訂正され、次の年金支給時に未払い分も併せて振り込まれます。
届け出漏れに対する罰則やペナルティはなし
届け出を忘れたからと言って、罰金があったり、年金がもらえなくなったり、本来の年金支給額が減額になるようなことはありません。
70歳までに支払った厚生年金保険料に対する年金額はきちんと保証されるので安心してくださいね。
70歳以上被用者に年齢の上限はある?
70歳以上被用者に、年齢の上限はありません。たとえ80歳以上であっても、年齢以外で厚生年金の被保険者要件に該当する場合は70歳以上被用者となります。
なお、従来は昭和12年4月1日以前生まれの人は、70歳以上被用者の届け出は不要になっていました。
しかし、2015年(平成27年)10月1日以降は上記の生年月日の条件は撤廃されています。(参考元:さ行 在職老齢年金|日本年金機構)
手続きの際は、うっかり届け出漏れをしないように注意しましょう。
70歳以上被用者標準報酬月額相当額とは?
「70歳以上被用者標準報酬月額相当額」とは、在職老齢年金による年金の支給停止額を計算する元となった金額のことです。
会社が日本年金機構に給与額や賞与額を届け出ると、日本年金機構から「この内容で受理しました」というお知らせが届きます。
「この金額をこの人の収入と考えて、年金の支給停止額を計算しましたよ」という旨のただのお知らせなので、何か徴収があったり手続きが必要ということではないので安心してくださいね。
まとめ
70歳以上被用者は、在職老齢年金の適用範囲が拡大されたことに伴って創られた新しい身分です。
最後に、70歳以上被用者の条件をもう一度確認しておきましょう。
- 70歳以上の人
- 過去に厚生年金の被保険者期間がある人
- 70歳以上であることを除き、厚生年金の当然被保険者に該当すること(当然被保険者から除外される条件は厚生年金保険法第12条を参照)
70歳以上被用者の年齢に上限はなく、また社長や役員等の役職の人(非常勤等の勤務形態含む)も届け出は必要となります。
もし手続きを忘れると、本来支給停止になるべき年金が過払いとなって後日返還を請求されることになりますので、しっかりと手続きを行うようにしましょう。